月末と決算前だけ、経理の残業が跳ね上がる。請求書や領収書の内容をシステムに打ち直し、勘定科目を選び、合わない数字の出どころを探す。「ここにAIを入れられないか」という相談は、たいていこの場面から始まります。
そのとき社内で語られるのは、多くの場合「AIが仕訳をやってくれる」という像です。稟議書にもそう書かれています。
先に答えを書きます。その像だと、入れたあとに失望します。AIで減るのは「読んで、写して、仮に決める」作業です。減らないのは「合っているかを確かめる」作業と「なぜそうしたかを説明する」作業です。
ここを混ぜたまま導入すると、作業は速くなったのに締めの日程が一日も前倒しできない、という結果になります。経理でよく起きる型です。
具体的に分けてみます。
まず、紙や画像から文字を読み取って、所定の欄に入れる作業。請求書の日付、取引先名、金額、明細。ここは会計ソフト側のAI機能でも、Excelに読み込ませる形でも、ずいぶん楽になった領域です。
次に、過去の似た取引を探して、勘定科目の候補を出す作業。「前も同じ取引先から同じような請求が来ていて、そのときはこの科目だった」。この照会は人が記憶と検索でやっていたもので、機械のほうが速い。
それから、表の集計と整形。月次の推移表を作る、部門別に組み替える、前年同月と並べる。Excel の Copilot のような機能が効くのはこのあたりです。関数を思い出しながら組んでいた時間が、指示を書く時間に置き換わります。
最後に、下書きを作る作業。月次報告のコメント、監査法人への回答のたたき台、経費精算の差し戻しメール。ゼロから書くのと、直すのとでは負荷が違います。
共通しているのは、間違えても後戻りできるという点です。読み取りを間違えても、候補の科目が違っても、確定する前に気づけば直せます。当社が社内でAIに任せる仕事とそうでない仕事を分けている線も同じで、「間違えたときに取り返しがつくか」で見ています(私たちの働き方)。着手する業務の選び方は社内へのAI導入は、どの業務から手をつけるべきかにも書きました。
なお、製品ごとの機能の細かさや対応範囲は改定が早いので、ここでは個別に書きません。検討するときは、必ずその時点の提供元の案内を見てください。
残るほうを見ます。
考えてみてください。AIが提示した科目が正しいかどうかは、何で決まりますか。取引の実態です。同じ「コンサルティング料」でも、内容によって処理は変わります。その実態を知っているのは、契約書を見た人か、現場でその取引を動かした人です。判断の材料が経理システムの外にあるかぎり、最後の決めは人に残ります。
もうひとつ。経理の仕事には、なぜその処理にしたのかを後から説明する義務が付いています。税務調査でも、監査でも、社内の質問でも同じです。「AIがそう出したので」は説明になりません。説明できる状態にしておくこと自体が業務の一部で、これはAIに移せません。
そして照合。試算表が合わない、残高が合わない、補助簿と総勘定元帳がずれる。この原因探しは、候補を出すところまでは手伝えますが、「これで合っている」と言い切る責任は動きません。
つまり、AIが持てるのは下書きまでで、確定と説明は持てないということです。経理にAIを入れるというのは、担当者を減らす話ではなく、担当者が確定と説明に使える時間を増やす話になります。
ここは正直に書いておきます。以上は当社が支援の現場と自社の運用で見てきた範囲の整理で(2026年8月時点)、業種や会社の規模によって線の位置は動きます。統計にもとづく一般論ではありません。
よく出る反論です。「AIが入力したものを結局ぜんぶ見るなら、最初から自分で入れたほうが速い」。
半分は当たっています。全数チェックを続ける前提で入れると、たいてい元に戻ります。
そうならない形にするには、確認する対象を絞る必要があります。たとえば、金額の大きいもの、初めての取引先、いつもと違う科目が提案されたもの。ここだけを人が見て、それ以外は通す。どこに人の確認を置くかという設計の話で、AIが書いたものは、誰がどこで確認するのかに考え方をまとめています。
この線引きを決めずに導入すると、「不安だから全部見る」に落ち着きます。そして現場から「かえって手間が増えた」という声が上がる。原因は精度ではなく、確認の設計が無いことです。
ここが、経理でいちばん抜けやすいところです。
入力が減って、月に何時間か浮いたとします。その時間は、放っておくとどこへ行くでしょうか。多くの場合、他の細かい作業に吸われて消えます。そして「AIを入れたが、結局何が良くなったのか分からない」という評価になります。
先に行き先を決めておいてください。締めを早めて経営会議に間に合わせるのか。滞留している債権の督促に回すのか。予実の分析を毎月やる体制にするのか。担当者の残業を実際に減らすのか。
どれを選ぶかで、入れるべき機能も、確認をどこに置くかも変わります。効率化そのものは売上に直結しません。ここは別の回路の話で、AIで作業時間は減ったのに、売上が変わらないのはなぜかに整理しました。経理の場合は「決算の早期化」や「担当者の負荷」という形で目標を置くほうが素直です。
外の会社に相談する前でも、社内で決められることがあります。
この五つが書けていれば、提案を比べるのは難しくありません。逆に書けていない状態でツールの比較から入ると、機能表の優劣で決めることになり、入れたあとに運用が回りません。
経理は、間違いが外に出たときの影響が大きい部門です。だから当社は、経理まわりのご相談では「まず全社的に導入しましょう」とは申し上げません。読み取りと下書きから始めて、確認をどこに置くかを決めて、そのうえで範囲を広げる順番をおすすめしています。
ツールを入れるだけでは現場は動きません。担当者が「どこまで任せてよいか」を自分で判断できるようになることのほうが先です。部門に合わせた研修の形は企業向けAI研修にまとめています。