「社内で一番AIに詳しい人に、推進担当をお願いしよう」。
多くの会社が、まずこう決めます。自然な決め方です。ところが半年たつと、その人の机に全部署の質問とツールの申請と研修の手配が積み上がり、本人の仕事も推進の仕事も止まっている。そんな話をよく耳にします。
結論から書きます。推進担当がつぶれる原因は、本人の力量ではありません。任せる仕事の範囲を決めないまま、「AIのことは全部この人」にしてしまうことです。
推進担当に任せるのは、型づくりと相談窓口まで。各部署の手順を変える決裁は、その業務の責任者に残す。この線を最初に引いておくと、推進担当は詰まらず、現場の手順も実際に書き換わります。
※本記事は2026年10月時点の考え方にもとづいています。推進担当の適正な人数や工数の目安は、当社が確かめた数字を持っていないため書きません。
考えてみてください。推進担当に任命された人のもとに、最初の1ヶ月でどんな依頼が来るか。
どれも筋の通った依頼です。そして、どれも推進担当が一人で答えられるものではありません。
経理の請求書をAIで読ませてよいかは、経理の業務を知っている人でないと決められない。読み取り結果を誰がどこで確かめるか、間違えたときに誰が直すかは、経理の手順そのものだからです。
ところが「AIのことは推進担当」と決まっていると、経理の責任者は判断を推進担当に投げ、推進担当は経理の手順を知らないので決めきれない。結果、誰も決めないまま止まります。
つまり、推進担当がつぶれるのは仕事が多いからだけではありません。本来は業務の責任者が決めるべきことまで、推進担当に回ってきてしまうからです。
線を引く基準は一つです。その決定を間違えたとき、困るのは誰か。
全社に共通する土台を間違えたら、困るのは全社です。これは推進担当が持てます。一方、ある部署の手順を間違えたら、困るのはその部署と、その先の顧客です。これは業務の責任者が持つべきです。
| 推進担当に任せてよい仕事 | 業務の責任者に残す仕事 |
|---|---|
| 社内で使ってよいツールの候補を絞る(情報システム部門と一緒に) | 自部署のどの手順をAIに渡すかを決める |
| 社内ルールのたたき台を作り、更新する | 自部署の手順書を書き換え、承認する |
| うまくいった使い方を「型」にして横に配る | AIの出力を誰がどこで確かめるかを決める |
| 相談窓口として、質問を受けて振り分ける | 間違いが出たときに直す責任を持つ |
| 研修の目的と対象者を一緒に整理する | 研修のあと、現場の手順を実際に変える |
| 社内の取り組みを集めて、経営に報告する | 自部署の成果を数え、報告の中身に責任を持つ |
左の列は、どれも「全社で揃えたほうが楽になるもの」です。右の列は、どれも「その業務を知らないと決められないもの」です。
ここで大事なのは、**相談窓口は「答える場所」ではなく「振り分ける場所」**だという点です。推進担当がすべての質問に自分で答えようとすると、ここで詰まります。ルールで答えられる質問はルールを指し示し、業務の判断が要る質問は業務の責任者に戻す。戻すことは、推進担当の仕事の放棄ではありません。仕事そのものです。
社内ルールの書き方は生成AIの社内ルールに書くのは「このツールに何を渡してよいか」に、確認の置き方はAIが書いたものは、誰がどこで確認するのかにまとめています。
「推進担当に決裁権を持たせたほうが早いのでは」と思うかもしれません。ところが、話はそう単純ではありません。
推進担当が経理の手順を決めると、経理の責任者にとってそれは「よそから決められた手順」になります。うまくいかなかったとき、直す動機が現場にありません。研修のあと現場が動かない理由も、多くはここにあります。手順を書き換える人と、その手順で毎日働く人が別だと、手順は定着しないのです。この話は研修のあと現場が動かない理由でも書きました。
当社が自社のマーケティングをAIで運用していて分かったのも、同じことです。AIに任せるか人が持つかは「間違えたときに取り返しがつくか」で分け、外に出る直前には必ず人の承認を挟んでいます。その承認を持つのは、その工程の中身が分かっている人です。全体の仕組みを作る人と、各工程の最終判断をする人を分けておく。そのほうが止まりません。運用の形は自社でのAIの使い方で公開しています。
推進担当を兼務にするか専任にするか。多くの会社は従業員の規模で考えます。「この規模なら兼務で足りるだろう」と。
規模ではありません。実際に効くのは、これから書き換える手順の数です。
従業員が多くても、AIで変える手順が問い合わせの一次仕分けと議事録の二つだけなら、型づくりも窓口も兼務で回ります。逆に、従業員が少なくても、営業・経理・人事・広報でそれぞれ手順を書き換えるなら、型を作って配る仕事だけで手が埋まります。
判断の目安は、次の問いで考えるとつけやすくなります。
書き換える手順が少なく、責任者がはっきりしているなら兼務で足ります。手順が多く、部署をまたいで型を配る仕事が大きいなら、専任を検討する価値があります。
そして、どちらにしても先にやるべきことがあります。右の列を持つ業務の責任者を、手順ごとに決めておくことです。ここが空いたまま専任を置いても、専任の人に判断が積み上がるだけで、結局止まります。
推進担当を任命する前、あるいはすでに任命していて詰まっている場合に、社内で確かめておくことです。
どこから始めるかの順番は社内へのAI導入は、どの業務から手をつけるべきかも参考になるはずです。
推進担当は「AIのことを全部引き受ける人」ではありません。全社で揃えるべき土台を作り、質問を正しい相手に届ける人です。
各部署の手順を変えるのは、その部署の責任者です。推進担当がそれを肩代わりすると、本人がつぶれるうえに、現場の手順も変わりません。線を最初に引いておくこと。それが、推進担当を長持ちさせ、AIを現場に根づかせるいちばん確かな方法だと考えています。
当社の企業向けAI研修では、推進担当と業務の責任者の役割分けを、研修の設計段階で一緒に整理しています。自社の体制から相談したい方は、企業向けAI研修をご覧ください。